パトリックと本を読む

感想(2020年9月1日)

「読書会」というサブタイトルに惹かれて読んだが、結論としては何人も集まって輪になって語らうという読書会というのは出てこなかった。読むこと、書くことを考えさせられた。

著者と、この本のこと

著者は台湾系移民の娘であり、教育熱心な両親の期待を背負ってハーバード大学を卒業します。

しかし、そのままエリートコースを歩むよりも、苦境にあえぐ貧しい人たちの役に立つ人間になりたいと、最底辺の黒人地域にある学校に先生として赴任しました。

やがて、再び法曹の世界を目指すことにした著者は、かつての教え子のパトリックが殺人を犯して投獄されたことを知ります。

この本では、パトリックやほかの生徒たちとの関わりを通して読むということ、書くということを改めて見つめ直させてくれます。

Black Live Matterの背景がわかる

いま、警官の黒人殺害に抗議する運動が全米に広まっています。

  • 黒人は黒人というだけで殺されるリスクがある。
  • 黒人の子どもたちは(結果的に)白人の子どもたちとはちがう学校に行っている。
  • そこでは学校崩壊が起こっているし、ほとんどの黒人はその学校でさえも卒業できない。
  • 同じような罪を犯しても、白人は無罪放免になるのに、黒人は重い罪を課せられる。

これはいったい、いつの時代の話なのか?21世紀のアメリカの話です。

BLM…Black Live Matterとは日本では「黒人の命も大事」だと訳されますが「黒人の命を守れ」という訳が適切であるともいわれています。

あるいは、「黒人の生活をまともに」ともいえないだろうか?

事程左様にアメリカでは黒人の生活が脅かされている…この本はBLMが提唱される前に書かれていますが、BLMの背後にある黒人たちの積年の怒りや苦しみが伝わってくるようです。

アイデンティティよりも、詩を

著者は本の虫でした。

黒人運動についても多くの本を読み、触発されてきました。

著者は生徒たちに黒人の歴史や解放運動の本を読ませようとします。

しかし、そこで直面したのは思いがけない子どもたちの反応でした。

黒人のアイデンティティというのは、彼ら彼女らにはあまりにも過酷なものでした。

著者は簡単な詩を書かせることから、はじめました。書き方を覚えていくにつれ、生徒たちは詩づくりにのめりこんでいきます。

そのなかでメキメキと実力をつけてきたのが表題にあるパトリックでした。

このパトリックのその後の経過は、どうして、と思うとともに、これほどの素質をもっていてもなおなすすべもなく押しつぶされてしまう現実の厳しさを読者に見せつけるものでした。

本を通した学びとは

ハーバードを出て、学校に赴任したばかりの著者は「意識高い系」の浮世離れした人物のように思えました。現地の同僚や生徒たちからしたらなおさらそうだったでしょう。

しかし、著者は、生徒たちに対等に向き合おうとしています。ときには失敗もし、挫折し、元・教師となっても彼女の姿勢は変わらないように見えます。

その彼女が「他者」との対話、「わかりあえない他者」との意思の疎通のために読むということ、書くということを選んでいく。本というのはこういう使い方、使われ方もありうるのだ、とうなりました。

筆者は本にここまで向き合えているだろうか。

この本は、読むこと、書くこととは、わかりあえないかもしれない他者と、それでも、なにかを共有していくための営みであるということを追体験させてくれました。

書誌情報

著者
ミシェル・クオ
訳者
神田由布子
編集
糟谷泰子
装丁
奥定直志
出版社
白水社
初版
2020年04月25日
ISBN
978-4-560-09731-1