神々は真っ先に逃げ帰った

アンドリュー・バーシェイ著、富田武訳『神々は真っ先に逃げ帰った 棄民棄兵とシベリア抑留』(人文書院、2020)を読んだ。以下、感想。

感想とメモ

それにしても、強烈なタイトルだ。

一読し終えて「神々は真っ先に逃げ帰った」というタイトルは内容をよく要約していると思わされた。

あとには、兵士と民衆が無防備に残された。

この本の著者と概要

著者のアンドリュー・E・バーシェイ氏は、丸山眞男と宇野弘蔵、南原繁と長谷川如是閑から近代日本を見た本を出している歴史学者であり、訳者の富田武氏はソ連の政治や歴史を専門とする研究者である。

この本では、次の論点について考察されている。

  • 北東アジア史にシベリア抑留はどのように位置づけられるのか?
  • 日本人にとってシベリア抑留とは何だったのか?
  • 日本人の戦中戦後とはどのようなものであったのか?

真っ先に逃げ帰った神々とは?

棄民棄兵とは、よく言ったものだ。

軍も政府も、国体の護持には最大限の考慮を払ったが、植民地・支配地域に残される兵士や民衆については何ら顧みることをしなかった。

ソ連の侵攻を受けて、神社の御真影や御神体(!)や将校たちは本国に逃げ帰ったが、そこにいた大多数の日本人は現地に打ち捨てられたも同然だった。

神社の御神体まで、日本人に優先して、日本に持ち帰られていたことは知らなかったが、そういえば沈みゆく軍艦でも御真影は最優先で救出されていたことを考えれば、なるほど、日本人らしい。

この本では、画家の香月泰男、改造社の編集者だった高杉一郎、詩人の石原吉郎1、そして、子どもを連れて引き揚げてきた藤原ていを主人公に据え、それぞれに一章をあて、各々の置かれた情況や思想について考察している。

この本は、捨てられた人たちから見える戦後史といってもいい。

破局は予想できたはずなのに….

もし、上層部に、まっとうな頭があれば、こんなことを考えるだろうに、と思う。

ソ連が攻めてくるなら、たとえ、被害は避けられないにしても、すこしでも小さくしよう、と考えるものではないのか?

歴史が教えていることには、日本はその真逆のことをしていた。

リスクを過小視し、日ソ回線の直前まで、脅威も何もないかのように移民を満州に入れていた。

たぶん、当時の偉い人たちもソ連は攻めてこないと思っていたのだろう…願望に正直に。

こういうところは、実は日本人の変わらないところなのかもしれない。

三者三様のシベリア抑留

一言でシベリア抑留と言っても、帰国した時期や収容された場所によって、その体験はさまざまだ。この本で取り上げられている三者にしても三様のシベリア抑留を体験している。

  • もっとも苦痛に満ちた時期でありながらイデオロギー的になるまでもなく帰国してきた香月泰男
  • 共産主義の尖兵となることを期待されながら日本で最初にスターリニズムを批判した高杉一郎
  • ヴィクトル・フランクルを絶賛しながら決定的に決裂している石原吉郎

しかし、それでも、この三者は、徹底して「個人」を主軸に表現を行っているという点では一致を見ているという。

日本とソ連という2つの国のまさに狭間に放り込まれ、どちらでも個人というものを徹底して排除する仕組みで取り扱われたとき、内面は変容せざるを得ない。

そこには明白な断絶がある。

まとめ - 戦後とは何だったのか。

この本では、日本が国体護持に躍起になる一方で、兵士や住民がまさに棄民棄兵される様子を描いている。避けられたはずの破局を直視しなかったために、日本は事態をどうしようもなく大きくしてしまった。

捨てる神あれば拾う神とは言うが、神というのはどこでも人を人と思わないものらしい。ソ連にはソ連の事情があって、ソ連なりの重宝のされ方をした。それはラーゲリというドイツの絶滅収容所とも比べられるものだった。

そこに置かれた表現者たちは、端的に言えば、寄る辺をなくした。寄る辺への信頼をなくしてしまった。こうした情況を経て、傷ついた人たちを、祖国で待っていたのはさらなる地獄だったのかもしれない。

戦争を指揮・指導した人たちが負うべき責任をとらないまま、戦後日本の経済成長を推し進めた。

多くの戦後日本人はシベリア抑留ほどの断絶を経験しなかった。むしろ、彼らには冷たい偏見の目が向けられた。

断絶を経験したものへの無理解ー孤絶がまた彼らを表現へと向かわせたのだろうか。

戦後という仮面の裏側をまたひとつ覗き見た思いがした。

書誌情報

著者
アンドリュー・バーシェイ
訳者
富田武
装丁
間村俊一
出版社
人文書院
出版年
2020年5月10日
ISBN
978-4-409-52081-9
公式ページ
神々は真っ先に逃げ帰った - 株式会社 人文書院

  1. いずれもシベリア抑留に関心がある人であれば知っている有名人であるが、今日ではほとんどの人はその名を知らないだろう。 ↩︎