今是記

【映画】「ブレードランナー ファイナルカット」人は人造人間を裁けるか

ブレードランナー ファイナルカット

映画館の会員になった。誕生日のある月は千円になるという。せっかくなのでリドリー・スコット監督の『ブレードランナー ファイナルカット』を観ることにした。いわゆる無印と内容は一緒。ただ細かいところが違っている。

21世紀初頭、人間は人間よりも知能も運動能力も優れた人造人間レプリカントを創り出して奴隷としてつかっていた。レプリカントは主に地球から遠く離れたところで使役されているが、中にはスペースシャトルを奪って地球に潜り込む者もいる。これを追いかけて殺すブレードランナーの活躍を描いている。

奴隷としてつかうなら、何もそんなに精巧に作り込むこともないのではないか、と思うが、そこは職人魂なのだろう。

一眼、どころか、専門知識と豊富な経験をもった人が丁寧にテストをしなければ人とレプリカントと見分けがつかない。

このテストは、人の倫理的な反応を測るものだが、イマゼキはクリアできるのか心配になってきた。たぶん、ある種類の人間はレプリカントと判定されるのではないか、と思われる内容だからだ。

あるいは、パーフェクト、とはこのブレードランナーの世界では人間をさしている。ユーソーパーフェクトをお前は人間なのかというように訳していた字幕は、それだけを見れば誤訳であるが、良い意訳だ。

人間に生まれていたらパーフェクトで、人間などよりよほど知能も運動能力も優れたレプリカントがパーフェクトではない、という感覚は物語の世界の根幹を成している。

被造物は創造主を超越することができない、ということが宗教の世界であるなら、被造物が創造主を超えてしまうかもしれない、というのはフランケンシュタイン以来のSFのテーマでもある。

フランケンシュタインはついに創造主を殺さなかったが、このブレードランナーではレプリカントは製作者を殺している。人間は、人間がつくってしまったフランケンシュタインやレプリカントを裁けるのか。

これはまだ、自動運転の自動車の起こした事故の責任はどこにあるのかという段階にある人間には早過ぎる問いであるかもしれない。しかし、できることなら人間そっくりのものを創り出したいという人間の欲求はホンモノと見分けのつかないディープフェイクを生み出している。

この映画を観ている人たちはまたこうも思うのではないか。この映画のなかでレプリカントが見せるほどの人間性を人間は発揮しているのだろうか、と。映画だけを見れば、その答えは自ずからだろう。映画の外ではどうだろうか?

ところで(前から知っていたことではあるが)、このブレードランナーは2019年11月のロサンゼルスでの出来事、という設定だ。未来だと思っていた時代というのはこうしていつしかやってくるものなのだ。


1o0 Project