今是記

憂国忌半世紀目

朝のNHKで三島由紀夫の決起の映像が流れていた。

三島と最後まで行動を共にしてしまった森田必勝の兄が思いを口にしていた。

曰く、親に先立たれ16歳年下の必勝の親代わりをしていた、大学に行かせるため東京に送り出した弟が大学紛争のために勉学の自由が奪われていると憤っていた、自分は教員の組合活動をしていて右翼に傾倒していく弟とは立場も違ったが国を思う気持ちは同じだったのではないか、云々。

当時25歳の、ほんとうにこれからという青年をどうして三島は死出の旅へと連れて行ってしまったのだろう、という思いにさせられる。

命を張って国を変えようと思うのなら、体を張って森田の同行は止めるべきではなかったのか。

ああ、今日は憂国忌なのか。

もう半世紀前の出来事になるのか。

あの事件はリアルタイムには見ていなかったが、たとえ、リアルタイムに見ていたってわかるまい。

「共に起つ」ことを期待された人たちの受け止め方

学生時分に警備員のバイトをしていたが、そのときの教官が若い頃、自衛隊の教官として体験入隊してきた三島の指導にあたっていた。

何かの話の流れで、三島の自衛隊の頃の話を聞くと、自衛官としてはあんまり…というような反応だったが、事件の報道を見たら「あちゃぱーと思ったね」と話していた。

あちゃぱー。

今、思うにこれは当時の自衛官の受け止め方を象徴していたのではないか。

あちゃぱー。えらいこと、やったもんだねー。

それが総監を人質にとってたてこもっているとなれば、それはもう罵声も浴びせかけたくなるだろう。

三島を見る時の痛々しさ

三島が檄文をまき、演説をぶっている映像を見る。

檄文はノーベル賞候補にあがっていた作家というだけあって、読む者の心を打つものがある。

ただ、それは利害関係がないから、ということもある。

どうして、あんなに痛々しく見えるのだろう、と思う。思っている。

演説がかき消されるほどに罵声が浴びせられるとき、三島の視線の先には何があったのだろう。

必死になって訴えたらきっと伝わるんだ、と信じていたんじゃないか。

まして、彼らは共に立つことを期待していた人びとだ。

それが伝わらなかった。ただ、それだけのことだ。


三島由紀夫が殉じたのは国を憂う志だったのか。

三島由紀夫研究会の人たちによれば、たぶん、そうなるのだろう。

しかし、当世随一の芸術家であった三島由紀夫が志に殉じるのだろうか、と思う。

われわれは三島の志で感動したのだろうか。

三島の描き出す作品の美に感動したのだ。

三島は自らの美学に殉じたのではないか。

それは、どうも、どうしようもなくこじらせたカタチで今日まで遺されてきたのではないだろうか。


1o0 Project