アイドル沼にハマった風景

11月8日(日)に悶問(仮)で話した内容を掲載します。だいたい、こんなことを話したんだよ、という記録として。

はじめに

オタク女子は、浪費する。

あるK-POPアイドルのファンは、ライブに行くための旅費として、1年間で130万円使った。別の人は、無名の若手俳優に恋をして、マフラーやコートなど2年間で30万円分のプレゼントを贈った。好きなアニメの同人誌を買いあさるため、家族から借金をした強者もいる。通帳の残高が減り続けても、悲しみはない。愛するものにお金を使える幸福感があるから。1

わかる2。相方とはデビューした暁には「彼らのステージを観に本場・韓国に行きたいね」と話している。

相方は語学の勉強と言って韓国のTV番組を昼夜問わず流している。じつに危険だ。うっかり観はじめてしまうと、すっかり不時着してしまっている。

先月末には、友人に「イマゼキも変わったね。学生時代にはエンタメなんか興味なかったのに」といわれた。

なるほど、学生だった2003年11月8日にはアイドルのCDを買う金があるのなら、ライブハウスに通う資金にしていただろうが、時は経った。

会社人になって久しい2020年11月8日には生音に肌震わせることもなくなり、まだデビュー曲の発表もしていないアイドルのミニ・アルバムをポチって心待ちにしている。

考えてみれば、もともと、韓国のエンタメにはそれなりに興味はあった。日本のそれよりもよほどフォローしていると言っても良い。

この二作品がNHKで放送されていた時、ちょうど中学生だった。

高校生に入ると録画したイ・チャンドン監督『ペパーミントキャンディー』(2000)を繰り返し観て字幕を暗記した。

大学生になってもポン・ジュノ監督『グエムル 漢江の怪物』(2006)を映画館に観に行った覚えがある。

2009年の2NE1デビュー以来、彼女たちの新曲を追いかけてきたし、四国遍路している時には少女時代やKARAの人気絶頂期だった。大阪に引っ越してきてからはPSYのGANGNAM STYLE(강남스타일)、一昨年にはアメリカ人のカバーしているDNA(B.T.S. + Maroon 5 Mashup - Pomplamoose feat. David Choi - YouTube)を、昨年はiKONのLOVE SCENARIOMOMOLANDのBBoom BBoomをよく聴いていた。

こうして列挙していくと、我ながら実にミーハーである。それでも、この十年間の平均的なK-POP熱に比べると、この三ヶ月ほどの熱の入れ様はインフルエンザ並だともいえる。

推しの生年月日が2003年6月23日と知ってももはやたじろがない。今や休みの前の夜には推しの動画を眺めながら眠りに落ちていくのが至福になっている。

もっとも、ぐらぐらたぎっている鉛のようなファンには生ぬるきこと水道水の如しといわれること必至であるが、そんなヌルヌルでも見える世界は変わった。

小文では、いい年こいたオッサン一歩手前が年端も行かない青二才に「きゃーきゃー」言っているこの場所から見えている風景をメモしておきたい。そういうわけで、今回はアイドル微熱に浮かされた人のたわごととして受け取ってほしいなと思います。

BTS現象

先日、韓国映画を観に行った。タイトルを「BREAK THE SILENCE:THE MOVIE」(2020)という。世界ツアーLove Yourselfの映像とメンバーへのインタビューから、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのK-POPアイドルBTS/防弾少年団(以下、BTS)の人気の程とその秘密に迫ろうとするドキュメンタリーだった。このLove Yourselfツアーの性格とその様子をアメリカ在住の音楽評論家キム・ヨンデは次のように書いた。

これまでのK-POPコンサートは、限られた観客を対象としたステージや、K-POPになじみのないアメリカの人びとにプロモーションをしかけるための、いわば「ショーケース」だった。(略)このツアーは、すでにスーパースターとなったBTSの人気と地位をアメリカの音楽シーン全体に誇示する、祝祭のステージだった。(略)K-POPグループは、プロモーション期間中にインタビューやイベントに参加することが一般的だが、BTSはそれらをまったくおこなわず、ツアーにのみ専念した。これはアメリカに進出したK-POPスターというより、米国のスーパースターの行動パターンに似ている。3 印象的だったのは、ファンの多様性だ。会場には、さまざまな年齢や人種のファンがいた。アメリカのポップスの公演は、一般的にジャンルごとに観客層が異なる。とくにポップスやロックのコンサートはに来る、アフリカ系アメリカ人といわれる黒人の観客は、ヒップホップやR&Bにくらべてかなり少ない。しかし、BTSはポップス、そしてK-POPグループとしては珍しく黒人やヒスパニック系など有色人種のファンが多いことがみてとれた。4 アメリカのポップスターのコンサートと同じようにBTSのコンサートにも家族連れの姿が目立った。ほとんどは子どもがファンで親も一緒に来たケースだ。それにしてもBTSの年齢層は、アイドルのライブとは思えないほど幅広かった。BTSのコンサートは中年の女性ファンが多いことが特徴だ。普通、中年のポピュラー音楽ファンを見かける場といえば、往年の人気グループの再結成公演やカジノでひらかれるコンサート。デビューからまだ4年目の流行りのアイドルグループが、こんなにもさまざまな年齢のファンを集めているのは、BTSの音楽が世代を超え、中年層にもアピールする何かがあることを意味する。公演会場で会った中年の女性ファンは「BTSには、単に音楽が好きだとか、パフォーマンスがカッコ良いとかでは説明できない、特別な魅力がある」と口を揃える。5

「BREAK THE SILENCE:THE MOVIE」はBTSの代表的な音楽を背景に、まず、世界各地のツアーの会場の周辺に集まるファンたちが会場の席を埋め尽くしていく様を流す。ほんの数秒だけBTSのパフォーマンスを流したかと思ったら場面を切り替えてメンバーへのインタビューに移っていく。このパターンを繰り返す、イマゼキにはちょっと退屈に思えるような作品だった。

これはマイケル・ジャクソンの追悼映画「THIS IS IT」(2010)とは対照的だった。

イマゼキとしては、「BREAK THE SILENCE:THE MOVIE」に、たとえ、マイケルを知らなくても、マイケルのステージを実際に観てみたかったと思わせる鳥肌モノのパフォーマンスとそれを支えていたこだわりの目白押しを期待していた。

BTSのステージに行ったらこんなすごいパフォーマンスが観られますよ、ということを見せてくれることを望んでいた。

しかし、「BREAK THE SILENCE:THE MOVIE」は「すでにスーパースターとなったBTSの人気と地位をアメリカの音楽シーン全体に誇示する、祝祭のステージ」の記録という性格のものであり、最近、BTSを聴きはじめました、というイマゼキはそもそも対象の埒外にあったのだろう。この祝祭の場に実際にいたARMYにはたまらないシーンの連続だったのではないか。

「THIS IS IT」が読む人をその世界にひきずりこむことが使命の入門書のような立ち位置であるなら、「BREAK THE SILENCE」は読む人に必要な知識があることを前提にするARMYのための専門書のような立ち位置にある。

BTSのファンは、ARMYと呼ばれている。Adorable Representative M.C for Youth(若者を代表する魅力的なM.C)の略であるという。防弾服と兵士が一緒であるように、BTSとファンもずっと一緒だという意味をもつ。

『BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか』によれば、まず韓国で人気となり、世界へ進出していったこれまでのK-POPとは違い、BTSはアメリカのARMYがアメリカで人気を推し上げ、それが韓国を含む世界各国に輸入されていった。

その結果、10月15日に株式を上場したBTSの所属事務所Big Hit エンターテイメントは一時時価総額一兆円を記録し、韓国の大手事務所であるSMエンターテイメント、JYPエンターテイメント、YGエンターテイメントの三社を合わせたものより大きくなった。このBig Hit エンターテイメントの収益の九割をBTSが稼ぎ出しているという。

ENHYPENのキム・ソヌ君にハマった

もっとも、イマゼキが熱を入れあげているのは、BTSではない。ENHYPENのキム・ソヌ君という。ENHYPENは今月末にデビューすると決まっている。

ENHYPENは、BTSへの人気一極集中に危機感を抱いているであろうBig Hitエンターテイメントが企画した「次世代のグローバル・アイドル・グループ」のメンバーを育成・選抜するサバイバル・オーディション番組I-LANDを勝ち抜いてきた7人のグループである。

アイドルグループの最初の課題はいかに注目を集め、人気を獲得していくか、という点であるとすれば、ENHYPENの出だしは絶好調と言って良い。

先月28日、予約販売が開始された「ENHYPEN」のデビューアルバム「BORDER : DAY ONE」はたった2日で先行注文量が計15万枚を超える勢いをみせた。

アルバム先行注文量中間集計によると、国内だけでなく日本や米国などでも高い販売実績を記録しており、SNSのフォロワー及び購読者100万人突破などで現れていた「ENHYPEN」へ向けられた全世界のファンの高い関心が実際に確認されている。

「ENHYPEN」はTikTok開設1週間でフォロワー100万人を超えており、10日で「ENHYPEN」メンバーが直接運営するTwitterフォロワー数は100万人を達成した。また開設12日でInstagramのフォロワー100万人突破、1か月足らずでYouTubeのチャンネル登録者数100万人を達成した。グローバル公式ファンコミュニティプラットフォーム「Weverse」加入者数は3日基準、306万人だ。6

公式発表によれば、I-LANDは世界179の国と地域で放送され、デビューを賭けて、和気あいあいと争っている23人の男の子たちの様子を300万人が観ていた、という。I-LANDの目的がファンの獲得にあったとすれば、大成功ではないか。

脱落した候補のファンの動き

惜しくも脱落してしまった候補者の中には、別の事務所からデビューが決まっている者がいたり、番組を通して得た注目と名声を活かしてすでに活動の幅を広げている者がいるなど、I-LANDの副産物はENHYPENひとつに留まらない。

ひとつ注目したいのは、こうした成功をつかみつつある候補者ではなく、番組終了後、動向がようとして知れないケイ君という日本人の候補者だ。

番組を通じてトップクラスの実力を見せ続けていたが、番組外では誹謗を受け、人気はいまいち振るわなかった。それでも奮闘して、9人のファイナリストにまで残っていた。

デビューするメンバーは基本的には人気投票で決められたが、最後のひとりはプロデューサーによる選択で決められた。プロデューサーたちは、魅力ではトップであるが、実力はもちろん、最終的な人気でも一歩か二歩、ケイ君より劣っていたキム・ソヌ君をデビュー組に入れることに決めた。この選択には番組内でとくにこれといったフォローがされることもなく、とくにケイ君を推していた視聴者に強いわだかまりを残すことになった…とくに、相方のような。

こうして、激怒ぷんぷん丸なケイ君のファンたちはクラウドファンディングを呼びかけ、その金にモノいわせて、事務所なきケイ君の広告活動をはじめるようになった。

今や世界中の地下鉄や有名なビルの電子掲示板にケイ君の勇姿が映し出されている、とツイッターで報告されている。

去る10月21日にはニューヨークのマジソン・スクエアにケイ君の広告が流れた。そこにはわれわれの偽名も出資者の一員として載っている。

アイドルの応援の仕方というのは何もステージに足を運ぶだけではない。グッズを買って事務所の懐を潤すだけでもない。デビューしてもいない個人を勝手連的に広告してまわるクラウド・ファンとでもいうような一団をイマゼキはアイドル沼にはまり込むまで知らなかった。

アイドルとは何か

そもそも、アイドルとはなにか。ファンとはなにか。雑に用語を定義しよう。

ファンとはアイドルに「きゃーきゃー」言う人のことをさす。アイドルとは「きゃーきゃー」言われることを同意している人のことをいう。アイドルになる、デビューするとは「さあ、きゃーきゃー言ってください(だから金落とせ)」と言っているのに他ならない。

だから「きゃーきゃー」言われることに同意していない人に「きゃーきゃー」言うのは良くない行為とされる。たとえば、イマゼキが近所のお兄ちゃんB君に「きゃーきゃー」言っていたとしよう。ただの痛い人と見られるなら良い方で、下手すると犯罪者になってしまう。

ファンとアイドルとの相互の同意があってこそ「きゃーきゃー」は成り立つのである。

この定義から見れば、デビューの予定も決まっていないケイ君に「きゃーきゃー」言うクラウド・ファンはグレーな部分だ。ケイ君が「デビューします。よろしく」というときまでファンは「きゃーきゃー」いうべきではないのかもしれない。それでもお構いなしに「きゃーきゃー」言ってしまうのはなぜか。

ケイくんは、番組のなかで「こんなぼくですけど、よろしくお願いします」と言っていた。それは「もういいです」とは、ついにいわずに番組は終わってしまった。

BTSはARMYが推し上げたという分析が正しいとすれば、クラウド・ファンもまたケイ君を推し上げようとしている、ということはいえるのではないか。

おわりに

その盛り上がり方は、2020年に盛り上がりを見せたハッシュタグデモを見ているかのようだった。

推しを語るときのように、政治を語る。

推しを語るときのように、宗教を語る。

そして、政治や宗教を語るように、推しを語る。

クラウド・ファン時代のアイドル沼とはそのような参加の仕方になるのだろうと思った。


  1. なぜアニメやアイドルに、お金を注ぐの?「沼」にハマる女性たちを描く『浪費図鑑』の作者に聞いた | ハフポスト ↩︎

  2. オタク「女子」でもないし、まだ「オタク」でもなく、また、自由につかえるお金もない、という違いはある。だから、むしろ、うらやましい。 ↩︎

  3. キム・ヨンデ著、桑畑優香訳『BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか』柏書房,2020。P257。 ↩︎

  4. 同上、P259。 ↩︎

  5. 同上、P260。 ↩︎

  6. 「ENHYPEN」デビューアルバム「BORDER : DAY ONE」先行注文量たった2日で15万枚突破│韓国音楽K-POP│wowKora(ワウコリア) ↩︎