草木も生えない

今朝、Abema!ニュースが広島市原爆死没者慰霊式の模様を中継していました。

「今後75年は草木も生えないと言われてきたが…」というようなことを、日本人はすくなくとも40年は言ってきたのではないか、と思って聞いていました。今年がその75年になったということには驚いきました。これも一つの節目になるのでしょうか。

しかし、それがいったい、何の節目になるのでしょうか。

あの日、広島にいて、あの原爆禍を体験してしまった人たちの節目になるのでしょうか。

首相と市長のスピーチから

わが首相のスピーチはとても印象に残りました1

ほとんど、PRに終始していて、本来、この式典でメインにされるべき被爆者のことには触れていない。

その徹底ぶりは、もはや潔さすらありました。

首相のスピーチの出来が広島市長と比較されてしまうのは、もはやしかたがない2

首相が広島でどんなこと言ってもそれほど問題にはならないでしょうが、広島市長が平和宣言でしくじったらきっと末代まで言われることになりますから。

今もなお苦しんでいる人たちに、首相と広島市長どちらが寄り添っているか、といえば明らかでしょう。

どんなことであれ、今なお苦しむ人たちに手を差し伸べる国に住みたいと思ってはいますが。

読み比べると、首相と市長が何を言って、何を言っていないのか、よくわかります。

国連事務総長のメッセージ

国際的には平和記念式典のハイライトは国連のアントニオ・グテレス事務総長の初出席ではなかったかと思います。

2010年前にはパン・ギムン(潘基文)事務総長が国連事務総長として初めて広島の式典に出席していますが、何にしても国連事務総長が出席してメッセージを出すのは大きいことです。

最終的には、中満泉事務次長が出席し、事務総長がビデオメッセージを出すことに落ち着いたようですが3、読売新聞に寄稿するなど意欲を見せていたことが伺えます4

とにかく、そのビデオメッセージが式典では流されたわけですが5、Abema!はそれを打ち切り、高校生たちの合奏に場面を切り替えてしまいました。大勢の合唱より、三人の合奏の方が好きですが、このAbema!の判断には疑問があります。

国連の事務総長が、広島という場で、国際的に、どのようなメッセージを発信しているのか、ということに報道機関として堂々と背を向けるわけですから。

ニュージーランドでは、首相が広島と長崎に言及して核廃絶へ向けたメッセージを発信してもいます6

ほんとうに、Abema!の編集部の判断は悲劇と国際的なメッセージよりもふわっとしたものを優先させる、不可解なもののように思えました。


このごろ、祈りとはなんなのか、ということを考えています。

青空文庫に原民喜の広島の牧歌より美しく―より和やかにが追加されていました。


  1. 令和2年8月6日 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式あいさつ | 令和2年 | 総理の演説・記者会見など | ニュース | 首相官邸ホームページ ↩︎

  2. 平和宣言【令和2年(2020年)】 - 広島市公式ホームページ ↩︎

  3. 広島の平和記念式典 国連事務総長の初出席断念 次長出席で調整 | NHKニュース ↩︎

  4. 原爆投下75年、「核なき世界」決意新たに…グテレス国連事務総長が寄稿 : 国際 : ニュース : 読売新聞オンライン ↩︎

  5. 「今こそ核兵力の削減が必要」 国連事務総長メッセージ [戦後75年特集]:朝日新聞デジタル ↩︎

  6. NZアーダーン首相「核兵器ゼロが広島と長崎の犠牲者に報いる唯一のこと」【広島原爆の日・メッセージ全文】 | ハフポスト ↩︎