🏠 / 日暮誌

『深く、しっかり息をして』

感想 - 年齢を重ねて変わりゆくもの、変わらないものがあるよね、ということ

2019年だったか、英さんと二人で『夏物語』を読んだ。思えば、同年代の異性と妊娠・出生をめぐる小説を読むというのはなかなかない機会だった。川上未映子さんの作品を読むのはそれがはじめてで、かつ、それっきりだった。今回、『深く、しっかり息をして』というエッセイ集を手に取ったのは犬を抱き抱えている挿画がかわいかったからだ。深い理由も、しっかりした動機もあったもんじゃない。

『深く、しっかり息をして』は、川上未映子さんが2007年から2022年まで女性誌Hanakoでもっていた連載を書籍化したもので、2011年からのエッセイが彫り出されている。その歳月は川上未映子さんが作家として歩んでいた期間とピッタリと重なっているという1

閑関は川上未映子さんの熱心な読者ではないから、川上未映子さんがどれくらいのペースで作品を発表していたのかは知らない。ただ、意外と控えめだ、と思った。自作を発表するタイミングにはもっと大々的に連載上で宣伝打っても良さそうなのに。控えめに触れられる自身の作品の一つに『夏物語』がある。2019年に出した『夏物語』は川上未映子さんの中でも大きな作品だったのだということがわかった2

Wikipediaを見ていて知ったんだけど、Hanakoの

対象とする読者像は当時の首都圏の結婚平均年齢の27歳女性。年2回は海外旅行へ行き、ブランド物を思い切って買うけれども、お得情報にも敏感で貯蓄もする。女性誌では珍しい金融関係の広告がある。東京近郊の大学を出て、一流会社に勤めて3~5年以上、今すぐ会社を辞めても、海外で3カ月は暮らせる資金があり。キャリアと結婚だけではイヤ、というものであった。

創刊後から1989年にかけて雑誌が対象とする読者像が時代を象徴する女性像となり、「Hanako」「Hanako族」は1989年の流行語大賞も受賞している。

…え、ちょっと、『深く、しっかり息をして』を読んでいて想像していたHanakoの読者像と違うなぁ。創刊から20,30年を経た201x〜202x年代の現役Hanako族はもっとずっと慎ましい。

とてもじゃないけど、海外旅行なんていけそうにないし、海外で3カ月は暮らせる資金なんてなさそう。それどころか、ちょっと先の将来の不安を抱えている。『深く、しっかり息をして』はそんな現役Hanako族に向けた川上未映子さんからのお手紙のようだ。そこには川上未映子さん自身の変化や悩みも綴られている。

読んでいて印象的だったのは、川上未映子さんの年齢がどんどん歳をとっていくところだ。ところどころに年齢が書かれている。だから単行本で読んでいくと、あっという間に歳をとっちゃている錯覚に陥る。ただ、誰にでも年齢とともに変わるもの、変わらないものがある。川上未映子さんのにとってのソレは何だったのか。そんなことをふわふわと思いながらぱらぱら読んだ。

面白かった。

印象的な文章

そう人はみな、やはり現在を取り逃す宿命に晒されているのである。若さなんてその最たるものだね。今が最年長であるのは事実だけれど、10年後からみた今の自分がどれだけその若さを享受しているのか、ということには、どうしたって気づけないつくりになっているらしい。 P47

百歩譲って内心では何を思っていてもいい。「女なんかやるだけのもの」「産む機械」なんだってけっこう。どうぞお好きに。このさい本音なんかどうでもいい。大事なのは建前だ。わたしたちの社会は建前で構成されている。建前=法が監視して抑制する。肝心なのはそれを「言わせない社会であるかどうか」「それをさせない社会であるかどうか」なのだ。(略)「すべての人間は平等である」という建前をどうか機能させ続けてほしいと心から願う。 P155

トランプ大統領当選を受けて。トランプ支持者の動機の一つにはポリコレ疲れがあるというが、そんなにもポリコレが機能してきたのかと問う。

一時間が過ぎて、一か月が過ぎて、五年が過ぎても、死んだ人は死んだままで、そのことにも、どういう印象を持ったら良いかわからなくなる。不思議だよね、ついこないだまで、こうして新幹線で隣に座って、いろんな話をしていたのにね。 P162

書誌情報

著者
川上未映子
装丁
大島依提亜
挿画
てらおかなつみ
編集担当
斉藤和義
発行
マガジンハウス
発行年
2023年7月7日

  1. マガジンハウスの編集者さん優秀。 ↩︎

  2. 出たばかりに『夏物語』を読もうといった英さんは慧眼だ! ↩︎